今月のことば

変わらない場所

千 宗室

淡交タイムス 3月号 巻頭言より

 日増しに寒さが緩み、日の出も早くなってまいりました。
 私は毎朝、まだ暗いうちから家の窓をどれも少しずつ開け、空気の入れ換えをいたします。二階へ上がってすぐの窓を開けると、大台所の屋根の向こうに宗旦銀杏が見え、毎日同じ時間に同じ窓から眺めているため、その木のそばで輝く月や星の位置が日ごとに移動していくのが分かります。
 また最近は、夜空を眺めることも多くなりました。この辺りは特に冬の間、黒い絨毯じゅうたんに細かい宝石をちりばめたように星座がきれいに見えます。夜、外出先から戻る際、いつも勝手口から入り、玄関との間に立ち止まって同じ場所で空を見上げます。たかだか一日や二日の違いで、こんなにも月の位置が西へ寄るのかと驚くこともあり、自分が定点カメラになったような気分になります。
 趣味の散歩のときも、私が歩くコースは大体決まっています。その理由は、一つには安心感があるということ。例えば、行きつけの店へ出掛けるなら、そこへ向かう道筋から気持ちが落ち着くのと同じです。二つ目は、何か違うところがあると、すぐに分かるということ。近頃は、道端にある花壇の花が変わったというような小さなことにも気が付くようになりました。こうした変化は、日が動き、月をわたっていることを感じさせ、私にとっての一つの暦のようなものです。
 自分の居場所が変わらないということは、安心感を生むとともに、物事を客観的に捉える視点をもたらし、いろいろな気付きや成長を促してくれます。
 茶の湯において、その変わらない場所とは、「基本」即ち「もと」です。皆さん方には、常に「本」を忘れず、日頃の稽古に励んでいただきたいと存じます。

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