今月のことば

坐忘閑話 最終回 炭の醍醐味

千 宗室

淡交タイムス(裏千家グラフ) 12月号 巻頭言より

 ご承知のように今日庵は重要文化財指定になっている。建物茶庭、丸ごと古い。もちろんエアコンはない。となると冬は寒く夏は暑いのである。
 利休七則に「夏は涼しく冬は暖かく」という教えがある。暑い夏も寒い冬も季節と闘うのではなく‟折り合う”ことを心掛けるようにとの意であろう。これは気温としての涼や暖ではない。感覚としての涼や暖だ。すなわちその時季に応じた工夫である。日本における四季の移ろいはさりげなく穏やかで、気づいた時にはすでに次の季節に入っていたというそこに魅力がある。ところが最近の夏。その暑さときたら何なのだ。異常である。さすがに折り合おうとの工夫だけでは凌げない。だから古い茶室は使わず、平成茶室という新館に稽古を移す。そちらにはエアコンがあるから老若男女それぞれほっこりとお稽古をしていただける。とはいえ外は猛暑だ。お稽古を終えた帰り道で大汗に(まみ)れるというのはなんとも気の毒なのだが、こればかりは致し方ない。
 その点、冬はまだ良い。いくら底冷えしてもこの町で数メートルの雪氷に閉じ込められることはない。茶室は冷え冷えとしているが炉中には下火が入り、釜が掛けてある。たとえば八畳間に入席したとして、極寒の日なら最初は吐く息がうっすら白く浮かぶときもある。それでも炭手前が進み、そこから上ってくるほんのりした(うん)気に頬が触れる頃には何とも言えぬ心地よさが生じてくる筈だ。
 十一月から一月は通常の炉を使うが、二月になると大炉が開かれる。これは裏千家だけの点前で、田舎家の囲炉裏を元に(こしら)えられたものだ。その名の如く通常の炉よりひと回り大きく、一尺八寸四方ある。さながら大火鉢に手をかざしているようで、皆で暖を分け合う風情がご馳走となる。
 私は炉が好きだ。特に炭手前が楽しい。釜を上げた時の下火の流れ方を見るとわくわくする。ここにどんなふうに炭をつごうかと心が躍る。下火が崩れていたとしても、その状態を如何に改善するか火箸を伸ばしながら考える。後炭も同様で、自分のついだ炭がどうなったかスリルを感じる。
 斯様(かよう)に私にとって楽しみに溢れた炭手前なのだが、どうも苦手だという向きは少なくない。講習会でも炭に当たると損したような面持ちになられる方を見る。なんだか勿体ない。炭はどれだけ下火が整っていてもこちらの思うように火を回してくれない。それでもそれがどうなるか想像しながら灰を撒き、胴炭から順次ついでいくところに妙味がある。難しいことに取り組む楽しみを炭手前を通じて見つけていただきたい。普段稽古する機会がほとんどなくてというなら炭手前だけの研修会をするのは如何だろう。しかし誰も来なかったらどうしようか。

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