今月のことば

出会いの入り口

千 宗室

淡交タイムス 9月号 巻頭言より

 今年も大学の春学期の授業を無事に終えることができました。私が担当するようになってからもう二十年近く経つでしょうか。はじめのうちは学生に茶道の本質を学んでほしいとの一心で指導していましたが、今は楽しんでもらうことを第一に考えています。学生たちが茶の湯に近づいていけるような話をし、お茶に関わるあらゆるものを差し出して手が届くようにしてあげるのが私のやり方です。
 たまに、学生のなかには高校で茶道部だったという人もいますが、殆どは未経験者。それでも全員が畳の上でお茶を点て主菓子をいただき、花を入れたり、聞香をしたり、ともかくいろいろな体験をしてもらいます。手順を覚えて帰るのではなく、茶の湯の空間での経験を持ち帰ってほしいとの思いからです。帰り道で忘れてくれても構いません。自分で実際に体験したことは、ふとしたきっかけで蘇るものです。十年後、二十年後にそれを思い出し、何かの役に立つということもきっとあるでしょう。
 私が何より大事にしているのは最初のつかみです。例えば、音楽の市場では俗に「ジャケット買い」と呼ばれるものがあります。私も昔はよく中古のレコード屋に通って古いジャズのLPを物色し、ジャケットのデザインに惚れ込んで買ってしまうことがしばしばありました。しかし、それもまた新たな出会いの入り口の一つです。
 初回の授業に臨んで、「茶の湯を学べば日本の伝統文化に触れられます」と言うと、思わず後ずさりしてしまう学生がいるかもしれません。ですから私は「お三時のお茶とお菓子を楽しみにいらっしゃい」というフレーズを授業のジャケットとして示すようにしています。

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