今月のことば

渓を成す

千 宗室

淡交タイムス 4月号 巻頭言より

 新型コロナウイルスが5類に引き下げられて久しくなり、私たちの生活は一時期のような切迫感に包まれたものから変化してまいりました。宗家の諸行事も少しずつ昔の姿に近づき、先日の冬期講習会には若干の人数制限など予防策を講じながらも以前に近い形で多くの社中方を迎えることができました。
 その開講式で「桃李自成渓とうりおのずからけいをなす」の軸を床に掛けました。これは「桃李不言 とうりものいわざれども 下自成蹊したおのずからけいをなす」という中国の古いことわざに由来する句です。
 「桃李」は桃やすももの木のことで、「花」と置き換えてもよいでしょう。「渓」は人里離れた山奥の渓流沿いや崖の上などを表します。そのような場所でたまたま一本の木が育って大きくなり、しっかりとした幹を持ち、根も張ってだんだんと枝を張り出します。冬を経て日差しが和らいでくると枝には花がつきます。初めて咲いた年にはそれほど香りはせず、誰にも知られることなく散っていくかもしれません。
 咲いては散る。それを繰り返しながら花は年月をかけて自分の香りを漂わせるように進化していきます。誰も訪れることのないへんな場所であっても、たまたま側を通りかかった人が気付いて足を向け、香りに誘われて人の行き来が重なるうちに一筋の道がつながり、やがて往来が生まれるというわけです。
 私たち一人ずつが、いわば桃李の木です。花をつけたばかりの枝もあれば、ようやく香りを湛えるようになった木もあるでしょう。いずれにせよ、その状態をより良いものにしていこうと日々研鑽することが大切です。慌てずに時間をかけて自分を膨らませていくうちに、学ぶべきいろいろなものが自然とやってくるようになると思っております。

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