今月のことば

稽古の心構え

千 宗室

淡交タイムス 11月号 巻頭言より

 

 茶の湯の稽古においては、軸を掛け、花を入れ、茶と菓子を用意するのは当たり前のことです。さらに、灰を整え、炭を(おこ)し、釜を懸けて湯を沸かし、点前道具を準備しなければなりません。取り合わせや銘を思案することもあるでしょう。いうなれば私たちは稽古と言いながら本番の茶会と同じ支度をしているわけです。
 いろいろな伝統文化がある中で、稽古のためにこれほど工夫して手間をかけるのは茶の湯だけではないでしょうか。
 しかしながら、「稽古だから」と高をくくり、支度の部分をないがしろにしている人も案外多いようです。仮に稽古道具で点てたお茶がおいしくないとしたら、それは点てる人の心構えが不充分だからです。また、「自分の点前を見てほしい」という気持ちだけで臨むなら、そこから先には進めません。おいしいお茶を客に差し上げたいという亭主の思いが一座建立への第一歩だということを忘れてしまっています。
 茶の湯では「始めの準備、後始末」をことさら大事にします。これは味噌汁に例えるなら出汁に当たるものです。どんなに具材がよくても、出汁が駄目では何にもなりません。それ故、点前だけを上手にこなしたいと考えることはそもそも間違いだということです。
 水屋で支度をするところから始まり、お茶を点てて客に出し、しまい付けをして最後にすべてを水屋に納める。そのすべてが一期一会だという気持ちで、皆さんには日頃から点前に臨んでいただきたいと存じます。そうして真剣に取り組む一回の点前は、「稽古だから」と甘えて行う百回よりも、はるかに大きなものを与えてくれるはずです。

アーカイブ