今月のことば

茶の湯者であるために

千 宗室

淡交タイムス 5月号 巻頭言より

 初風炉の季節を迎え、添釜などに寄せていただく機会も増えてまいりました。
 さて、どんな点前でもその手続きが分かっていなくては一碗のお茶を供することはできません。その上で、例えば小習ではお人に対する心得を知り、伝物であれば道具の扱いを身に付ける。私が若い頃に古い人たちから繰り返し聞かされたことです。重々承知しているつもりでも、いざ点前になると手順を追うことに気を取られ、ついおざなりにしてしまうことがあります。
 ですから私は折に触れてそのことを思い出し、人様にお伝えすることで更にそれを己が心得なおすようにしております。このように点前作法を滞りなく進め、お人に対する気持ちと道具への配慮を備えることで私たちは何とかスタートラインにたどり着くことができます。そして、もっとも大切なことは、席中の人がどれだけ互いに気を配れるかということです。亭主は自分の務めを果たしながら客に気持ちを向け、客は亭主の立場になろうと心掛ける。一人ひとりが大人になるということでしょう。
 昨年四月に民法が改正され、成人年齢が引き下げられました。成人は「人に成る」と書きますが、成人すれば大人になれる・・・・・・・・・・・のでしょうか。ずいぶん前に献茶をご奉仕させていただいたお寺で、老師がとても心に残ることをおっしゃいました。「相手の気持ちを慮れる人が成人です」。他人の喜びや苦しみに寄り添うことができるということなのでしょう
 茶の湯者として本当に成人しているかどうか、本当に大人かどうか。そのことを日頃から頭の片隅において稽古に臨んでいただければと存じます。

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