今月のことば

一歩先へ

千 宗室

淡交タイムス 5月号 巻頭言より

 新緑の眩しい好季節となり、献茶式が増えてまいりました。

 一昨年の春、参列者をお招きしない形で献茶式が再開された時、私の中に違和感のようなものがありました。以前はご参列の大勢の方々の代表としてご祭神、ご本尊様にお茶を差し上げることが私にとって一つの心の張りとなり、モチベーションを高めてくれていたからです。

 そのように不安定な社会情勢の中、当日を迎えて会場に入り、十徳紋付に着替えて間もなく参進という時に、はっと気が付きました。〝一同を代表してお茶を差し上げるということは参列者に見てもらっていたわけではない。皆と一体になってお茶を点てているのだから私も参列者の一人であり、全員が一つになったのだと考えるなら、今までと何も変わらないではないか〟ということです。同時に、この点前を利休居士に見ていただいているのだという気持ちにもなりました。神仏の前で利休居士の時代から整えられてきた点前をするのは稽古をつけていただいているのと同じことです。そのような思いで点前に臨むと今までよりも一歩先に進んだような気持ちで濃茶を練り、薄茶を点てることができました。

 コロナ禍以来、皆さま方には人様の前で点前をする機会がめっきり減ってしまい、稽古場自体がまだ以前のように開いていないところもあるかもしれません。その場合は自主的に家で稽古をされてはいかがでしょう。たとえ空点前であっても、利休居士が見てくださっているつもりで稽古をしてみてください。とてもよい勉強になることと存じます。

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