今月のことば

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千 宗室

淡交タイムス 4月号 巻頭言より

 毎朝、利休御祖堂でお勤めをしています。ある時、利休居士像の御前で般若心経をあげていると何やら動くものがいる気配に気付き、左目の隅で見ると立派な百足でした。捕まえたかったのですがお経を中断するわけにいかず、失礼ながらずっとそれを目で追いつつ読経を終えた頃にはもうどこかへ行ってしまっていました。子供の頃は百足が恐ろしく、夜に天井から落ちてきた日には姿が見えなくなった後も怖くて眠れなかったものでした。

 このように私はどちらかというと百足を良からぬものと思って睨んでいましたが、今年の干支・寅の寺として有名な奈良県の信貴山朝護孫子寺では百足は本尊である毘沙門天の使いとされ、足が多いことからたくさん人が来る、即ち縁起が良いものとして祀られています。百足ひとつとってもそうですが、物事の捉え方はそれを見る視線や関わる姿勢、また日常での付き合い方によって変わるということでしょう。

 百足はまた、たくさんの足の中で一足でも歩調や歩く方向が違うと前進するのに支障をきたすため、〝いかなる困難や問題に直面しても皆が心を一つにして対処するように〟という毘沙門天の教えとも言われているそうです。新型コロナウイルスの感染拡大は依然として予断を許さず、世界情勢は不透明な状況ではありますが、新年度を迎え、心新たに皆さまと足並みを揃えて前へ進んでまいりたいと存じます。

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