今月のことば
伝統を担ぐ
千 宗室
淡交タイムス(裏千家グラフ)6月号 巻頭言より
今の時代、日常生活の中で炭を使うことがなくなり、正座をする習慣も減りました。若い人たちが伝統文化を学んでいく上で、すんなり入りづらいところがあるのは当然かもしれません。
最近、ある役者さんとよくやり取りをしており、私が見た芝居で注文をつけたくなるようなところもたくさん出てまいりました。一番は火鉢の扱いです。鉄瓶をよけて埋め火を直してみたり、消し炭を起こそうとしたり。そういう仕草に「熱さ」が感じられない。何人かの役者さんたちに訊ねたところ、家に火鉢がある人は一人もおらず、そればかりか、畳の部屋に住んでいる人もいませんでした。
茶の湯の世界においても、近年、木炭の生産量が減少し、普段の稽古では「炭は入れたつもりで」ということもよくあるでしょう。それはもう致し方ない。風炉釜が置かれ、炉が切られているだけでもありがたいと思わなければなりません。なぜなら、皆さんはまだ炭や釜の煮え、すなわち「松風」を経験できるからです。
よく「伝統文化はどのようにして伝えていくのですか」と訊かれますが、それは、家元がいて業躰がいて伝わるものではありません。同門社中の方々やお茶に興味があって熱心に学んでいるような方も含め、全員で伝統文化を担いでいるのです。そして次に担いでくれる人に渡していくというのが伝統の本来の姿であり、それが疎かになってはいけません。
ですから、日頃から稽古に臨む際、自分のためだけではなく、自分の後についてくる人たちのためにも学んでいるという気持ちを持たなくてはなりません。そんなふうに重く考えたことはないという人もいるでしょう。しかし、先生から教わるときにはもう「伝統」を受け渡されているわけです。仮に、「それがまだ身についていないから、もっと稽古しなければ」と感じることがあっても、その志があるだけで素晴らしいことではないでしょうか。
いま自分たちが茶の湯を担っているという誇りを胸に、これからも宗家同門一体となって精進していければと願っております。