今月のことば
己を見つめる
千 宗室
淡交タイムス4月号 巻頭言より
若い頃の私は今と違って冗長な文章を書いていました。海外の文学に影響を受け、翻訳された作品を手本にしていたせいでしょう。その頃、私の書いたものを見た母から度々指摘を受けました。切れ味のよい文章を書く母とは生来の気質も違います。いくら言われても、私の長く書く癖は直りませんでした。
そんなとき、母に「一度、自分が書いたものを音読しなさい」と勧められました。自分が書き上げた原稿を実際に音読してみると、確かに読みづらいと気付かされ、この経験が私にとって大きな分岐点となりました。
声に出して読まなければ自分の文章が分からない。それはつまり、己をしっかり見ていないということです。当時の私は「賢いと思われたい」「かっこよく見せたい」などと卑しいことを考えながら書いていたのでしょう。それ故、文章を口に出すことによって自分の下心が次から次へと耳に飛び込んできたわけです。
「主人公」という禅語があります。これは、自分で自分のことを見ているかという問いかけの言葉です。鵬雲斎宗匠は、よく「毎日、鏡に顔を映して『おい、主人公』と自分に呼びかけなさい」と申しておりました。父はそれを後藤瑞巌老師に教わったと聞いています。私の場合、「音読しなさい」という母の助言のおかげで大事なことに気付きました。ですから、その言葉は私にとって一つの「主人公」だといえるでしょう。
点前に臨む際、最初に考えるべきことは、とにかく一所懸命にお茶を点てるということです。それが己を見つめることになると私は思っています。