今月のことば

門に向き合う

千 宗室

淡交タイムス4月号 巻頭言より

 「関 南北東西活路通」という軸があります。これは『碧巌録』の中の一節から取られ、僧堂でもよく提唱される教えの一つです。
 「関」とは関所のこと。しっかりかんぬきが掛けられ、そう簡単に開けることのできない門です。そこから目をそらさずにぶつかっていき、こじ開けていくことが修行をしていく上では欠かせません。そうしてその「関」をくぐり抜けさえすれば、南北東西に活路が通じる。つまり、何の束縛もなくどこへでも行けるということです。
 茶の湯の稽古も、点前のたびに関所の前に立つようなもの。閉ざされた門をこじ開けられるかどうかは問題ではありません。しっかり向き合うことが肝心です。その門とは、すなわち自分自身です。皆さんは点前に臨むとき、「いい格好をしよう」「先生に褒められたい」などと要らないことを考えていませんか。自分を立派に見せようとしてしくじるなら何にもなりません。私もそんな無駄な失敗をたくさん経験しました。
 邪心を抱かず、いつもどおりの自分の姿で点前に臨めば、たとえ手順を間違っても、良いしくじり方ができます。自分に足りないものも見えてきます。足りないものを見つけたからといって吹聴したりせず、己の中に根付いたと納得するまで待つことも大切です。
 茶の道を志す皆さんは、浅薄な世の中に歩調を合わせる必要はありません。そうして茶会に招かれたときも、余計なことを考えず人様の点前を見てください。それが習慣となれば、他を批判ばかりする目ではなく、良いところを見つける目が心中に養われ、それによって己が豊かになっていくはずです。

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