今月のことば
遠い滝 近い滝
千 宗室
淡交タイムス8月号 巻頭言より
毎年、酷暑の時期になると、茶席の床に滝の軸をよく見かけます。諸飾りで滝の絵を掛けるとき、いわばマニュアルどおりに籠花入を選び、水辺の草花を入れておられる方も多いのではないかと思います。しかし、一口に滝といっても、太い滝や細い滝、高いところから落ちてくる滝、低いところから落ちる滝、滝つぼの広い滝、よく見れば岩肌をさらさら流れているような滝もあります。
滝からの風を感じられるような花をどう入れるか考える際、何より滝との距離が重要なポイントになります。軸を眺めたときに滝のしぶきを感じるかどうか。花は滝つぼのそばに咲く種類なのか、それとも滝に向かう途中の道筋に咲くのか。さまざまなことに思いを巡らせるのは楽しいことです。遠い滝から吹いてくる風を想像しながら籠花入を選ぶもよし。広い滝つぼからゆったりと川が流れ出すと思うなら、釣舟の花入を入船出船にしてみたり、逆に泊舟にしてみたり。そんなふうに思いを巡らすことで滝と己との距離感を工夫していけます。
諸飾りというのは、初座と後座で掛物と花入を別々に飾る場合に比べ、意外と気を抜きがちです。軸と花のバランスさえ良ければいいというものではありません。ざっくりとした感じで床が一つの絵になるようにするのが大切だと私は思っています。もちろん凝りすぎは禁物です。
このようなことを二十年前には考えたこともありませんでした。しかし、ありがたいことにいろいろな懸釜に寄せていただき、それぞれの亭主方の取り合わせに触れるうちに、だんだんと自分と諸飾りとの仲が深まってまいりました。滝の絵ひとつとっても、あれこれ思い浮かぶようになったわけです。加えて言うなら、一幅の軸を花入や花との取り合わせによって何十通りにも活かすことができるのも、茶人としての喜びを増やすことになると思います。