精中鵬雲忌
令和8年7月5日(日)、精中鵬雲忌が宗家において営まれました。これまでは「精中圓能無限忌」として執り行われてきましたが、このたび「精中鵬雲忌」と名称を変え、特別招待者129名を含む、約320名の同門社中が参列しました。
十一代 玄々斎精中居士(1810~1877)は、咄々斎や抛筌斎など宗家の茶室を増築し、立礼式(点茶盤)や茶箱点などを考案。新しい時代に即した茶道の在り方を示されました。近代茶の湯中興の祖である玄々斎宗匠を、十五代 鵬雲斎汎叟宗室居士は深く尊敬されており、同じく夏にその生涯を閉じられたことから、本年より「精中鵬雲忌」として営まれることとなりました。

午前9時、平成茶室「聴風の間」において開式し、千 宗室家元がお茶湯の儀を厳修。床に掛かる玄々斎精中居士画像に千 宗史若宗匠が一盌を供え、一同は両宗匠の遺徳を偲んで静かに合掌しました。

続いて、家元が練られた濃茶を若宗匠が取り次ぎ、鎌田文惠氏(淡交会宮城支部名誉支部長)、伊木康道氏(淡交会顧問・岡山支部顧問)、伊木昌子氏、田中德兵衛氏(埼玉県支部副支部長)が参列者を代表して順服されました。

式場では引き続き、鵬雲斎宗匠が考案された七事式「清友之式」が今日庵業躰によって行われました。(「清友之式」は近々、月刊誌『淡交』にて公開される予定です。)


その後、今日庵業躰による花寄之式、直門による手向けの七事式(三友之式、濃茶付花月)が行われました。


花寄之式


茶道会館では、このたびの遠忌のために取り合わされた道具が展観されました。


また、平成茶室「看月の間」と茶道会館に副席が設けられ、平成茶室では千 容子家元夫人、伊住弘美様が参列者をもてなしました。

