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第81号(平成30年4月16日配信) |
------------------------------------------------- 『日々新』 伊住禮次朗 ------------------------------------------------- |
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(写真:裏千家学園入学式にて) |
新年度を迎え、新生活をスタートさせている方も多いのではないでしょうか。私はというと大学院博士課程を…修了いたしました!万歳!!!多くの方々にお支えいただいたおかげと心より感謝申し上げます。 また、今月一日付で裏千家学園の副校長に就任することに相成りました。未熟ながら昨年より講義を受け持たせていただいておりましたが、「教える」ことよりも「教えられる」ことが多く、生徒であれ先生であれ、どのような立場の人間にとっても「学校」とは「学び舎」なのだということを痛感しております。 本年度より更に深く裏千家学園に関わらせていただくにあたっては、多くのお声に耳をすませて、学園に関わる方々の為に精一杯精進して参る所存です。皆さまには引き続き、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。 |
------------------------------------------------- 茶人の逸話:益田 鈍翁 ------------------------------------------------- |
益田(ますだ)鈍(どん)翁(おう)(どんのうとも)は佐渡出身の幕臣でしたが、明治になり井上世外に引き立てられ、日本初の総合商社三井物産を創立し、やがて三井財閥の総帥というべき存在になります。本名は孝。現代の貨幣価値に換算すると、月収20億円ともいわれた財力を誇り、東京品川の御殿山に本邸「碧(へき)雲(うん)台(だい)」、神奈川県の小田原に「掃(そう)雲(うん)台(だい)」という広大な別邸を構え、無数の茶道具を所蔵して、茶の湯を楽しみました。 ある年、鈍翁は金沢の料亭へ行き、主人の太田多吉を尋ねます。鈍翁は多吉の露地、茶室から茶道具、懐石などその数寄ぶりに感動し、無理やり一泊させてもらい、数寄話に一夜を明かしました。その際、多吉は床に入れる花に困り、少し前に入手した高価な鉢植えの梅の木を切って、床の花入に入れたそうです。この話に感激した鈍翁は、千宗旦作の茶杓を多吉に贈り、その心暖まるもてなしに応えました。 この日から数十年後、金沢から多吉がその茶杓を持参し、鈍翁が東京で催した茶会に使用したと推測される多吉宛ての手紙が遺されています。それは「小生が拝呈し候粗品を斯くまで珍重下され」と感謝の念にあふれるものでした。今年、2018年は鈍翁の生誕170年、没後80年にあたります。 |