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第60号(平成28年7月15日配信)

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『理想』 伊住 公一朗
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(写真:筥崎宮献茶式にて)

こんにちは! 随分ご無沙汰になりました。
毎日心底暑いですね。夏は大好きですが汗かきの私には辛い時期でもあります。
この上半期も様々な場所へ出張させていただき、沢山の方とお会いできました。
いつも温かく迎えてくださりありがとうございます。
皆様のおかげで、出張させていただくその度に、移住願望が強くなります。
この町は素敵な雰囲気だな、この町の造りが過ごしやすそうだな、景色がいいな。
ここ数年で移住候補リストがはち切れそうです。
現実は京都で始まり京都で終わるのでしょうが、自分の務めが一段落したらお気に入りの場所にて夫婦でのんびり。私の理想です。

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茶人の逸話:藤村庸軒
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  藤村庸軒(ふじむらようけん)は、久田家に生まれ、京都の呉服商十二屋藤村家に養子に入りました。茶の湯は薮内紹智や小堀遠州から学びましたが、最終的には縁戚である千宗旦から皆伝を得たとされ、宗旦四天王の一人に数えられています。名は当直(まさなお)、庵号を反古庵(ほごあん)と称しました。
  庸軒が好んだ茶道具の名称の特徴は、まず機知に富んでいることが言えるでしょう。竹花入の銘「遅馬」(おそうま)は、釘穴が縦に長く大きめに開けられ、床に掛けることができません。掛けて使うことが原則の竹花入ですが、わざと掛けることができない花入を作ったのです。しかも、銘は「遅馬」、走るのが遅い馬は「駆け(掛け)られない」という一種の洒落です。
  もう一つは、漢文学の素養の深さを反映していることです。好んだ棗の一つ「凡鳥棗」(ぼんちょうなつめ)の凡鳥とは、伝説の鳥、鳳凰の「鳳」の文字を分解したもので、古代中国の逸話集『世説新語』(せせつしんご)が出典です。利休形の大棗の蓋中央に小さく桐を金蒔絵で施し、梧桐(あおぎり)にしか住まないという鳳凰を連想させたものです。


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