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第13号 8月15日配信 写真:淡交会青年部第4回サマーコンファレンス「絆茶碗」 |
第13号(平成24年8月15日配信) |
------------------------------------------------- 『8月15日』伊住公一朗 ------------------------------------------------- |
こんにちは! 先日、広島で行われたブロック間交流フォーラムに参加させていただきました。ブロックの皆さんと共に学ぶ、本当に素晴らしいフォーラムでした。その中で広島平和記念公園の見学があり、私は恥ずかしながら初めて伺いました。はじめは資料館を見学し、中心にある原爆死没者慰霊碑に参加者全員で献花。 改めて、現代の戦争を知らない我々が幸せなことなのかを実感し、たった一度の人生、精一杯生きよう。そう心に誓った一日となりました。 |
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写真:原爆死没者慰霊碑に献花される伊住様(写真中央) |
------------------------------------------------- 茶人の逸話その5:瀬田掃部 ------------------------------------------------- |
瀬田掃部(生年不詳〜1595)は世人とは一風変わった茶を楽しんだとされ、驚くような趣向をすることもありましたが、あまりに規矩を外れているため、人の心を強く動かす機会はあまりなかったとも伝えられています。 さて、掃部秘蔵の茶碗に畳十四目半と皿のように大きく浅い古高麗茶碗がありました。茶筅洗いにも、茶を点てるときにもとても難儀をするものの、掃部は大切にしていたこの茶碗に銘をつけていただきたいと利休にお願いをします。利休は一旦、茶碗を預かり、しばらくして「湖」の銘と茶杓を添えて掃部のもとに返しました。 掃部は「湖」の銘と添えられた茶杓の銘「瀬田」に感じ入るところがあり、ある夏の日に利休を招いて茶会を催します。濃茶を点てる段になると掃部は「湖」の茶碗に端縫がしていない晒茶巾を仕込んで持ち出し、仕舞の段になると天目茶碗と同じように茶巾を扱いました。利休は、その作意に大いに感心し、「平茶碗を使用した上に夏の涼を増すため晒茶巾にした作意は、たいへん結構な趣向である」といって大いに称賛しました。掃部のこの作意は、現在の洗い茶巾の点前の最初であったと伝えられています。 |
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掃部がアイデアを得たであろう瀬田の唐橋は琵琶湖から流れ出る瀬田川に架かり、古来より交通の要所として知られてきました。多くの歴史上の出来事の場所として、また藤原秀郷(俵藤太)の大百足退治の地としても有名です。 日本三名橋のひとつに数えられる唐橋の欄干には擬宝珠が備わり、かつて古田織部が擬宝珠を探した逸話を彷彿とさせます。橋は現在塗り替え修繕が終わり、17日まで午後7時から9時半の間、LED照明でライトアップされています。 |
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------------------------------------------------- 海外の茶の湯:フライブルグ連絡所(ドイツ) ------------------------------------------------- |
和菓子はここヨーロッパでも茶の湯文化の粋として大切にされています。しかし、ヨーロッパでは日本の材料を求めることが難しいため、本物の和菓子を作ることはとても大変です。それでも、和菓子を愛してやまない会員とともに菓子作りの勉強会を開き、できる限りの挑戦を続けています。 |
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ドイツで茶の湯を広めて25年以上が経ちます。その中で私たちは和菓子の素材を現地のもので代用する工夫を見つけてきました。会員の創意には驚くばかりで、時には和菓子の雰囲気をもつ新しいお菓子が作り出されたこともあります。例えば「桜餅」のレシピをアレンジした「苺餅」はとても美味しく、大変な好評を博しました。 |
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何年かすると、和菓子作りの「専門家」になる会員も出てきます。彼らはヨーロッパで少しでも和菓子に近づくための理論と経験を、茶の湯を愛する私たちに熱心に伝えてくれています。私たち海外で茶の湯を学ぶものにとって和菓子の存在は一会においてだけでなく、様々な場面でかけがえのないものなのです。 |