社団法人 茶道裏千家淡交会青年部第15回全国大会 プレ行事開催報告 | |
報告者 | 東京第二東支部 豊島青年部 伊東尚子 |
開催日時 | 平成22年2月7日(日) |
会場 | 某介護施設 |
お茶の数 | 1碗 |
私の楽しみに、時折H様のお見舞いに伺い、お茶を一服差し上げることがあります。 H様は私の社中の大先輩、今年97歳になられる方です。永くお着物の仕事に携われ、60歳を過ぎてからお茶を始められました。しかしお茶に向かわれる姿は誠に真摯で、ご自宅に炉を開き精進された結果お茶名も取られ、90歳の時には卒寿祝いとして社中をご自宅に招いて正式なお茶会もなさいました。また当時若手であった私たちに目をかけて下さり、着付け等お茶以外の事も親身に教えて下さいました。 ご主人を看取られた後のお一人暮らしにもかかわらず、いつお伺いしても四季折々、紅白の梅や九蓋草、お気に入りの杜鵑草が咲く庭先はきれいに掃き清められ、古いお家もお手入れが行き届き、廊下の木目も透明感が漂うほどでした。こちらがあれこれと教わりに伺うのに、いつもお心づくしのおもてなしをして下さり、帰る時分には口癖のように「何のお構いもできませんで。でもまた遊びにいらっしゃい」と笑顔でおっしゃいます。まさに和敬清寂を体現なさっているH様のお姿。私どもは“茶人のお手本”として身近に接せられ、とても幸せでした。 そんなH様でしたが、3年前ご自宅で転ばれ大腿骨骨折。2度の入院手術。その間ご家族の親身な看病にも関わらず、痴呆の症状が進んでしまいました。そして「もう一人暮らしは難しい」というご家族の判断によって、介護施設へと移られました。ご自宅から2時間余り。郊外にあるその施設へ時折お見舞いに伺っても、H様のお口から私どもの名前が出ることはもうありませんでした。H様のなかでは私たち社中の名前や顔はおろか、以前の茶人としての生活もすっかり忘れ去られてしまった様でした。 ところがこの日、いつものようにお見舞いに伺いお茶を点てて差し上げたとき、ふと赤いお袱紗にH様の目がとまり、一瞬パッと輝いたのです。誠に人の目に光が射すとはこういうことかと目の当たりに致しました。「いいお色ね。生地は塩瀬ね」ほとんどご自分からは話されないH様がよどみなくおっしゃいます。愛おしそうに赤い袱紗を手に取られるご様子に思わず「お点前なさってみませんか?」と声をかけてみました。心の中ではとても無理・・・と思いながら。ところがです。何回かの練習の後しっかりと袱紗さばきをなさり、棗も清められたのです。これには同席した社中の方もびっくり!二人ですごい!すごい!と興奮してしまいました。帰る頃には「何のお構いも出来ませんで・・・」とさびしそうにおっしゃいます。このような状況にあっても私どもに心を配られているのです。まさに「来客に心せよ」 「いえいえ、かつて散々お世話になったので」とは申しますが、実はこれも正しくありません。私にとってH様のお見舞は、人の底知れぬ力を知り、かえって沢山のパワーを頂ける時間なのです。お茶を点て、お出しして、召し上がって頂く。ほんのわずかな時間なのにとても充実した一時なのです。 茶人としてのH様の生き方は、やはり何があっても変わらないと思いました。その真摯なお姿にこの先も教えていただき、私たちはただただ恐縮するばかりかもしれません。 お茶を通して巡り合ったこのご縁に深く感謝しつつ、ご報告致します。 |