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「一樂二萩三唐津」とは

千 宗室

  私たちは何かを一つにまとめて分かりやすくキャッチフレーズを作り、それで覚えてしまおうとするところがあります。
  例えば、「一樂二萩三唐津」という言葉を聞いたことはないでしょうか。利休居士の茶碗に対する思いがこもった表現として、昔はそれを「樂が一番、二番が萩、三番が唐津」と解釈されていました。しかしながら、これは茶碗の序列や好みの順位を意味するものではありません。
  利休居士が本当にそう仰ったとするなら、それまでの大陸風から日本風のお茶に切り替えていく中で取り敢えずこれらの茶碗を挙げられたのでしょう。利休居士が長次郎に造らせた茶碗は、当時の新作陶芸でした。まだ色絵の物などが充分になかった時代、萩焼は柔らかい土を使った生活に身近な焼物であり、唐津も萩と同じく庶民に近い焼物でした。いずれも特権階級が使うような物ではなく、一般人が使える道具です。他にもあったかもしれませんが、早飛脚を使っても江戸から京都まで三~四日かかる時代に、どこにどのような焼物があるのかそう簡単には分かりません。その中で比較的街道を通じて流通しやすい茶碗がこれらだったのではないかと思います。渋い樂茶碗、包容力のある萩茶碗、その横で控えめに一癖あるところを見せている唐津茶碗。ここに織部や美濃、信楽が入ってきても構いません。「一樂二萩三唐津」は利休居士の時代の茶の湯への思いの一端を表していることはほぼ確かでしょうが、それが全てではありません。皆さまにはこの言葉の表面をなでるのではなく、本来の意味を探っていただきたいと存じます。

淡交タイムス 10月号 巻頭言より