裏千家トップページへ
春を待つ

千 宗室

  本年の宗家初釜式はご案内の規模を大幅に縮小し、新型コロナウイルス感染症対策を講じながら執り行う予定をしておりました。しかしながら依然として感染拡大に歯止めがかからない中、来庵される皆さま方の安全を最優先に考え、やむなく取りやめとさせていただきました。まことに心苦しいことではございますが、ご理解ご了承くださいますようお願い申し上げます。
  さて、例年とは異なる正月を過ぎると、もう節分、立春となります。この頃になると床の花には木瓜ぼけや蠟梅、あるいは柳の系統を用いたり、椿であれば藪系のもののように小粒でも色味があるものを入れることで床全体が春が寄ってきていることを感じさせてくれます。二月になると天の青みが増し、外を歩いていても空を見上げることが多くなるように感じませんか。床前にも、例えば水仙のような寒風がきつい時季に耐える花よりも、枝ものを入れる方が梢を見上げるような、春を待つ気持ちになるものです。
  よく「茶心がない」とか、「茶心というのは難しい」と言われますが、当たり前のようにその一日を見る気持ちがあればそれで充分です。変わり映えのない日々であっても雲の流れや日の差し込み具合、湿度の高さなど一日の佇まいは毎日少しずつ違います。いつもの稽古場に座って何度も繰り返してきた点前をしていても、その日の自分の気の持ちようや心構えによって一碗のお茶の姿も膨らんだり縮んだりする、それがまた稽古を続けることの妙味でしょう。二月は一年で最も寒さが厳しい一方、春が近づいてくることを身近に感じられる季節でもあります。この冷たさの向こうにやってくる春を心待ちにしつつ、今の時期ならではのお茶を見つめていただきたいと存じます。

淡交タイムス 2月号 巻頭言より