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「思う」ということ

千 宗室

  私の弟が大学生の時だったでしょうか。当時老分をおつとめいただいていた松下幸之助氏(現パナソニック椛n業者)に「仕事に本当に必要なものとは何でしょうか」と臆せずお尋ねしたことがあったそうです。松下氏は少し考えて、「思うことですな」とだけ仰ったとのこと。弟からこの話を聞いて二人してその真意を考えましたが分からず、長い間禅寺の老師から公案をいただいたような気持ちでおりました。
  松下氏が逝去されてから早三十年が経ち、少しずつこの言葉の意味が分かるような気になってきました。「思うこと」とは「本気になること」「本気になろうとすること」ではなかったでしょうか。マニュアルを守った上でそれを活かす人間の力、「人間力とは本気になれるかどうか・・・・・・・・・・・・・・・」ということだと私は思います。今与えられた自分の立場に本気でなりきろうとする強い意志。何となくダラダラと日常を過ごしているだけでは自分自身の幹が腐っていきます。二十四時間本気でいることは不可能ですが、「今、自分は本気でやっているのだろうか」と省みる時間を一日のうちで少しだけでも持てば、その瞬間本気になりきっている、なりきろうと努力していることになっているのだと思います。そうして今日うまくいかなくても、明日また努力しようと思って一日を終える。それは先送りするのではなく、今日してみた上で明日も頑張るぞという気持ちを持つということです。とにかく今日やってみようという、その気持ちが松下氏の仰る「思うこと」の答えなのではないかと思います。

  連日新型コロナウイルス感染症に関するニュースが報じられ、いまだ収束の見通しが立たない状況です。不安で不自由な生活を強いられる日々が続きますが、私たち一人ひとりが今自分ができることは何かを考えながら冷静に過ごしてまいりたいと存じます。

淡交タイムス 5月号 巻頭言より