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ありのままの姿

千 宗室

  『臨済録』にある「無事是貴人」は禅語の中でも特に有名な語の一つです。ここで言う「無事」とは怪我をしないとか、変わりなく平穏であるという意味ではありません。「あるがまま」「ありのまま」ということ。今の自分のあり様をしっかりと認識し、いらないものを持たずにありのままの姿でいられる人こそ尊いという言葉です。
  誰でも初心者のうちは点前手続きを覚えるのに苦労するものですが、慣れてくると自分を過信する気持ちが生まれてきます。「難しい点前の手順を覚えたから、次は点前をよく見せよう」という気持ちが出てきてしまう。講習会や研究会、また茶会などで点前をする際、失敗しないでおこう、誰かに褒めてもらおうというような気持ちになっていないでしょうか。そうすると大概うまくいかない上、お客様のために点てる・・・・・・・・・・という、一番大切なことが疎かになってしまいます。
  私も若い頃は千家の跡取りにふさわしい点前をしなくてはいけない≠ニ力が入り、見栄を張ってきれいに見せようという点前からなかなか抜け出せませんでした。今でも時折点前中に「いらんところに力が入っている。今日は動作がいつもと違う」と気付くことがあります。ありのままであるとは一朝一夕にできるものではありません。けれども自分で繰り返しそのことを意識するうちに、いつもどこかで気に掛けるようになり、普段と違うことをした時に気が付けるようになります。
  年の瀬が迫り、皆さまには気忙しいこともあるかと存じますが、そのような時こそ「無事是貴人」を思い出して一歩立ち止まり、一息入れてそれぞれの茶の湯を求めてください。心穏やかに年末年始を迎えられますよう願っております。

淡交タイムス 12月号 巻頭言より