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無月の宴

千 宗室

  ご存じのように旧暦八月十五日は中秋の名月。今年は九月十三日に当たります。この日の宗家では庭の宗旦銀杏と竹藪のちょうどよい具合の所に月が昇りますので、いつもその方に向けてお供えをいたします。昔、一時期東京に住んでいた際は、月が昇る時間にビルの谷間から空を見上げていました。はんぺん・・・・を少しずつ切っていくようにビルの間を月が動いていくのが見えた時、まん丸の月を見るばかりではなく、その光が届くのを感じることが月見なのだと思った次第です。
  (いにしえ)の人は月見の予定をしていた日に雨が降っても取りやめにせず、そのまま実行したそうです。雨雲に覆われて月は見えない。けれども月そのものがなくなったわけではありません。雲の向こうに月はある。ということで、見えない月を愛でる「無月の宴」と定めたとか。茶の湯の世界でも無月の茶会がたくさん行われてきました。
  事前に天気予報などの情報がなかった時代です。その時代の先人は天気の変化にも柔軟に対応し、自分達の力で管理できない自然に身を委ねつつ応じていく心を持っていたことを羨ましく思います。月見といえば完璧な満月でなくてはならない≠ニ決めてしまうと自分で自分の心を縛ってしまいます。たとえ見えなかったとしても、どこかに月はある。見えないものを思うこともまた風流としてその日と向き合い、自らの感性を育てていきたいと存じます。

淡交タイムス 9月号 巻頭言より