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師弟の覚悟

千 宗室

  最近気になることがあります。それは研究会や懸釜の時などにスマートフォンやタブレットを出して写真を撮影したり、動画を撮る人がいるということ。動画で撮ったりする人は「覚えられなかったらこの動画を見りゃいい」と思われるのでしょうか。それだと、そこにいなくても一緒じゃないですか。本来はメモも許されない場でしたのに。
  支部などの広報なら公式記録として許されます。しかし、たとえばインスタグラムやフェイスブック等とはいえ、道具組みなどが先方の了解を得たと思われぬ形で載せられているとのことを耳にしました。
  稽古場ではいかがですか?そこでは師匠も弟子もそれぞれに「覚悟」が必要です。師匠は「教える覚悟」。弟子は「学ぶ覚悟」。その「覚悟」とは今このひとときをよりよい形で生かそうとお互いに心掛けることです。
  人間だから師弟それぞれミスをする場合もある。それをごまかすのではなく、己の誤ちに気付いたところで直ちに詫び、そして軌道修正する。私がよく申し上げる「自分の目で見、耳で聴き、心で感じる」というのがそれです。
  元伯宗旦の教えである「茶の湯とは 心に伝え 目に伝え 耳に伝えて一筆もなし」をそのままに現代社会に当てはめるのは難しい。難しいけれど、そのことを意識して研究会などの場に臨んでください。年齢に関係なく、鍛えようとすれば・・・・・・・・心にはまだまだ「のびしろ」がある筈ですから。

淡交タイムス 8月号 巻頭言より