裏千家トップページへ
心を配る

千 宗室

  例えばお稽古で薄茶一服を点てる時、何を考えているでしょうか。足が痺れないうちに、先生に褒められるように、同輩に笑われないように。そんなことをいろいろ考えておられませんか。それは当然のことです。しかし基本として忘れずにいただきたいのは、その場には点てたお茶を飲んでくださる方がいるということ。
  淡々斎はよく「人とのご縁が宝だ」とおっしゃっていました。ご縁を結ぶことは、自分が謙虚にならなければできません。相手のことを慮る、心を配ることが人生の基本であり、わび茶の基本もお客様に心を向けるということ。
  私たちは稽古の際も床に軸をかけ花を入れます。頃合いをみて下火を入れ、釜をかけ、菓子を盛る。稽古場によって差異はあるかもしれませんが、点前をする方は茶碗や棗を選び、茶杓の銘を何にしようかと悩み、茶を点てる。相手は「客役」で座っているのだとしても、実際にそのお茶をいただく。茶道以外、どの世界にこうして本番と同じだけの手間をかける稽古事があるでしょうか。毎回が一期一会、互いにさまざまな人間の交流ができる得難い機会であることを思っていただければと存じます。
  唯一、稽古と本番の茶事で違うことは何か。それは「稽古とは失敗できる場」だということ。一期一会の心構えがあれば、たとえしくじっても稽古なら許されます。スポーツでも一流の人ほど練習上手。失敗した後にどう立て直すかと考え、本番に活かせるからです。自分の失敗はもちろん周囲の方の良い所悪い所、全てを糧に学びを進めていただきたいと願います。

  さて、この度、伊住公一朗には大徳寺管長・僧堂師家 高田明浦老師のもとで得度し、(へき)(りゅう)(さい)(そう)(よう)(さい)(ごう)(あん)(みょう)を拝受いたしました。亡き弟、伊住宗晃の興した伊住家二代として今後益々修道いたしてまいりますので、同門の皆さま方には何卒よろしくお願い申し上げます。

淡交タイムス 10月号 巻頭言より