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ルールとマナー

千 宗室

  皆さんが茶席で目にされる機会もある「独坐大雄峰」の禅語や、禅林における規矩「百丈清規(しんぎ)」の制定などで知られる唐代の百丈懐海(えかい)という高僧には、多くの逸話が残されています。
  僧堂の修行では()()の一つとして自給自足の労務が行われます。ある時、弟子たちが高齢の百丈和尚を心配し「無理せず私たちにお任せください」と申し入れました。それでも和尚は毎日黙々と自分で作務をされる。考えた弟子たちが作務道具を隠したところ、その日から一切食事をされなくなった。理由を尋ねると、「一日(いちじつ)不作(なさざれば)、一日不食(くらわず)」と答えられました。感じ入った弟子が道具をお返しすると、和尚は嬉々として作務に勤しみ、食事も召し上がり元気に過ごされたとのこと。
  現代の日本では「働かざる者、食うべからず」と同義であるような間違った捉え方がなされています。百丈和尚は「私は働かなかった、だから私は食べないんだ」と自分で(・・・)お決めになった、云わば個人のマナーの心。「働かない人は食べてはいけない」と他者から命令されるルールとは正反対の意味合いです。
  茶の湯も含め人の世は、マナー≠サして心がけ≠フ世界。周囲に対して振りかざすルールだけで世の中ができているわけではありません。謙虚な気持ちを忘れず常に己を省みることが、自分自身を前に進めてくれます。振る舞いに責任が持てるよう自分との約束、つまり自分の中のガイドラインを作ることが大切だと存じます。

淡交タイムス 8月号 巻頭言より