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風を聴く 月を看る

千 宗室

  ご承知のように、裏千家では平成二十五年より今日庵全域の茶室の修復事業を行っております。完成までに今しばらく年月を要しますが、この五月初旬には咄々斎の改修現場の床に祭壇を設けて「上棟祭」を執り行いました。
  今回、咄々斎の棟上げにあたり棟札を書きました。宗旦二百年忌のあった安政三年、今から百六十二年前に玄々斎宗匠がお書きになった棟札を参考に拝見しながら、この間に変わったもの、変わらないもの、時の流れにあれこれ思いを馳せました。
  近現代において街の佇まいはどんどん変わっています。例えば京都なら鴨川という街の芯、根幹となる川があります。その周りにはビルが増えたり地面がコンクリートで覆われたり、ずいぶんと変化しました。しかし、鴨河原(かものかわら)に下りてみた時、己の目線で見えるものは大して変わっていないのかもしれません。
  修復事業が始まる前に「平成茶室」を建てた際、一階の部屋を私は「聴風」と致しました。二階の間を「看月」としました。これらは禅語ではなく、私が()()()()()()()()()()、を簡略に(したた)めたものです。
  私の趣味としての移動手段は、学生の時はオートバイ、その後はマウンテンバイクのような自転車で、今はウォーキングです。歩くようになって最初に感じたのは「オートバイに乗っていた時は風にぶつかって走っていたな」ということ。「自転車では、風を切り裂いていたな」。そして歩く今は「風が聴ける」と思いました。玄々斎宗匠の頃はもっと豊かな樹木の間を抜けてくる風だったでしょうが、現在でも、渡ってくる風の音に心を向ければ微かな変化も感じられます。また、折々の夜半、手をかざして月を見上げれば、確実に送られていく季節の動きに気づきます。毎日そうしたことに気を向けていただくことも茶の湯だと思いますが如何でしょうか。

淡交タイムス 6月号 巻頭言より