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宝所、近きに在り

千 宗室

  私たちは十二月になるとその年を振り返り、そして一年毎に評価を与え、その評価によってまた次の一年が縛られるように思い込みがちです。しかし、今日があって明日がある。明日を迎えてこそ明後日に出会える。
  例えるならば、一冊の日記帳が人の人生です。まだ何も書かれていない白いページがたくさんある。そこに日付が印刷されている。ただ、その日にどう出会うかは一人ひとりの心掛け次第だということ。
  私は普段、三年連用日記を使っています。三年後の今日には勿論何も書いていない。でも、自分がどんな具合でいるだろうかと想像することはできます。日記帳を手にすればわかりますが、三年間がどれだけ分厚いことか。これからの三年これだけの「今日」を重ねてがんばって生きれば、三年後の十二月に出会える、そういう気持ちでまた心が新たになるわけです。各々が日記をつけるつけないに関わらず、毎日どうやってその一日と向き合うかということで未来が決まってきます。
  一番手近な所に答えはある、とは洋の東西を問わず昔から様々な比喩を以って言われます。日本における臨済宗中興の祖とされる白隠(はくいん)禅師は本年が二百五十年遠忌(おんき)だそうですが。その白隠和尚が禅の心をわかりやすく著された『坐禅和讃(ざぜんわさん)』然り、またカール・ブッセの『山のあなた』然り、戴益(たいえき)の漢詩『探春』然り。限られた日数しかないと嘆くのではなく、日々自分の内を見つめてみてはいかがですか。
  皆さま方には健康に留意なさり、師走の茶を楽しんでいただければと存じます。今日の人間関係が明日のご縁につながると思って過ごしていただきたい。よい歳末、そしてよい正月を迎えられますよう願っております。

淡交タイムス 12月号 巻頭言より