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明日を期せず

千 宗室

  裏千家は本来、千家今日(こんにち)(あん)と申しました。利休大居士が古溪宗(こけいそう)(ちん)和尚から贈られた「不審(ふしん)(はな)(ひらく)今日(こんにちの)(はる)」という言葉から名づけられたと言い伝えられています。特に、現在も当家にある一畳台目の小間を宗旦居士が隠居所として建てた際、清巌宗渭(せいがんそうい)和尚との逸話で「懈怠(けたい)比丘(のびく)不期(みょうにち)(をき)(せず)」の語が知られますが、そこに込められた一期一会の精神に則って「今日庵」と申します。
  幼い私に「今日のことを今日するのが、今日庵ということだよ」と、折に触れて諭してくれたのは祖父母でした。勿論それは子どもに対して、非常にわかりやすく言ってもらったのでしょう。長じて茶の湯と向き合うようになり、元伯と清巌の逸話に出会い、その難しい漢字の奥にある言葉の核心を理解できたのは大変有り難いことと思います。
――宗旦が清巌和尚を茶室へ招待したが、約束の時間を大幅に過ぎても来訪が無いため「もし和尚が来られたら改めて後日お越し願うように」と留守居の人に言い置いて、次の約束のために外出した。入れ替わりにやって来られた和尚は「懈怠比丘不期明日」と一筆書いて帰った。戻った宗旦は直ちにこれを受け「邂逅比丘不期明日」と書き大徳寺へ届けたという・・・
  「怠け坊主の私には明日など約束できません」とは、和尚が自嘲気味に書かれたのか。まさか、わざと遅れて来られたのか。だんだんとわかってきたのは、人との出会いは「一期一会」だということ。その出会いが次にあったとしても、もうそれはまた違う出会いになる。もし、わざと遅れられたとするならば、現代のスケジュール感覚からすると和尚の遅刻は嫌味(いやみ)のようにも受け取れますが、当時、人を案内して迎えるならばやはりその人と共にその一日を分かち合う心持ちが必要と、和尚から宗旦が警策をくらわれたように思うとこの話に納得がいきます。
  皆さまお一人おひとりがこの逸話を心の警策として、「またいつか」と先延ばしにしがちな己を諌め、いつも「今」と素直に向き合えているか意識していただければと存じます。

淡交タイムス 11月号 巻頭言より