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合掌する心

千 宗室

  私は子どもの頃、祖父母と一緒に過ごす時間が多く夜はずっと祖母の横で寝かされていました。毎朝、目覚めると祖母はガラガラと戸を開け「お天道(てんとう)様ありがとうございます、今日もどうぞお守りください」と、東の空に向かって柏手を打ちます。暑い日も寒い日も、曇りの日も雨の日も。「おばあちゃん、雨降ってて太陽なんか出ていないよ」と言うと、「雨雲の向こうにはお日様がいらっしゃるんだから」。こうした一言を聞くだけで勉強になりました。
  信仰心の非常に篤い人だったので、例えば自動車に乗って一緒に出かけていても神社仏閣の前を通り過ぎる度に、窓を開けて必ず頭を下げていました。長い歴史のなかで大勢の人が大切になさってこられた場を横切らせていただくことをお詫びし、その存在に敬意を払いなさいという教えです。祖父母の姿を見て長ずるにつけ、ごく自然と神仏に対して素直に手が合わせられるようになりました。兜門前の小川通りにも圓能斎宗匠や大宗匠が額字を書かれたお地蔵様の祠がありますが、歩いて通る際に私は立ち止まって拝礼いたします。
  諸行事で唱和する「ことば」のなかに「誰にあっても合掌する心を忘れぬように」とありますが、これが茶の湯の精神であり、人間が生きるための一番大切な心のひとつでしょう。相手の尊い本質に対して手を合わせる行為は同時に、自身の心の在り様を省みることでもあります。感謝の気持ちを自分の中に素直に持っていなければ手は合いません。
  皆さまには今後も古くからの習わしやそこに込められた心を大切にして、実践することで次世代へと手渡していっていただきたいと存じます。

淡交タイムス 8月号 巻頭言より